― ある年末の一幕 ―
今日は大掃除の日。
彼女は一人、部屋を片付けていた。
本を棚にしまい、散らばったメモを分別していく。
一つ一つの作業はさして時間はかからないのだが、何せ量が多い。
日付が変わってからもまだ片づけは続いていた。

あらかた片付け終わった頃、棚の隅に見慣れない一冊のノートを見つけた。
自分のものではないそれを遠慮なく開き、読み始める。
誰の持ち物であろうとここにある“本”は全て自分の管理下にあるのだから、何の問題もない。

そこには自分が生まれるより前の、ある年末の一幕が記されていた。



『終ーわーらーへーん!』
姦しく騒ぐのはいつも長女だ。
『リュル姉、頑張ろう? 手を動かしてれば終わるよ』
少し手を止め、姉を慰めるのは三女のおかっぱ頭。
『うぅ……せやな、頑張るわ』
妹に励まされ、なんとかやる気を振り絞る。
彼女がやっているのは終わりのない作業だ。
しかし年末のこの時期に限ってはあまり増えないので、このタイミングで終わらせさえすればしばらくはゆっくり過ごせるのだ。
『少し休憩しましょう』
やわらかな笑顔でお茶を運んできたのは次女。
『シュ■■ー、ちょー手伝ってー』
頑張ると言った矢先にすぐ次女に頼る、仕方のない長女だ。

名前のところが虫に食われてしまったようで、読めなくなっている。
そこそこ古いうえにちゃんと管理もされてなかったのだから仕方がない。

『兄さんは?』
お茶をすすりながら三女が聞く。
『大方あの子の寝顔でも見に行っとんやろ』
炬燵の机に両腕置き、顎を乗せる。不貞腐れた様子で、しかし仕方ないという風だ。
この片付けという一大イベントを手伝いもせずにサボっているようだが、この姉がそれに文句も付けないとは珍しい。長兄特権だろうか。
『それがあの人のお仕事ですからね』
特権だった。
『手伝わせる方が大変です。片付けが終わりませんよ』
『あー。きっと何も捨てられないね』
それは確かにサボっててくれる方がありがたい。
捨てられないどころか、すぐにアルバムを見返せるように手元に置いて散らかしてしまうタイプだ。これは困る。

『さて……』
三女の何気ない呟きに、長女と次女はピタリと空気を止める。
『そろそろ行くよ。私の分は、もう終わったから』
整理していた書類のうちいくつかを抱え、立ち上がる。
長女は顔を両腕に埋めたまま、何も言わない。
次女は姿勢よく座ったまま、そわそわと辺りを見回した。
『霧香は……』
『多分その辺にいるよ。声だけ聞こえる位置に居ると思う』
その言葉に、何か言いたげな目を向ける次女。
三女はそれに、困った笑顔で返した。
この場にいない双子の片割れは、きっとこれから三女がどこへ行くのかわかっている。
わかっているのに、いや、わかっているから出てこないのか。
わかっているなら出てくればいいのにと思う。
二度と会えなくなるのだから。


ここに書かれているのは過去の話。
もう終わってしまった出来事だ。
ページを適当にめくり、最後の記述を見ることにする。

『寝顔だけ見てくれば良かったな』
すでに長い道を歩いてきた。もう戻れない。戻るつもりもない。
ほんの少しだけの、未練だった。
『……ここなら、あなたが成長した時に見つけられるかもしれないね?』
期待を込めて、想いを隠した。
今はここまで探しに来れはしない。けれどもし、この場所まで来ることがあったなら。
見つけるかもしれない。見つけなくてもかまわない。
あの子の加護となりますように――願いだけを置いていく。
前を向き、歩き出した足取りは軽やかだった。
すっきりした気持ちで、彼女は水底へ歩いていく。


ノートを閉じて、しばし考える。
わかったことが二つある。
一つは、三女がとても家族思いだということだ。損得勘定やルールには縛られないタイプのようだ。
もう一つは、その結果残ってはいけないものが残ってしまったということだ。
いくつかの書類と共に沈みゆく彼女は“それ以上なにも残してはいけない”というのがルールだ。
ルールが定められるのには理由がある。
彼女の存在が残るような何かがあっては、彼女が沈んだ意味がなくなってしまう。
……のだが。
イレギュラーな残され方をしたようだ。
はっきりと誰からのメッセージだと分かる形で残されたのであれば、探し出して末梢する。それが務めだ。
しかし残されたものは彼女という存在がなくなっても在り続ける、ただの想いだった。

ルールを言葉通り受け取れば末梢、ルールの意味を考えるなら問題なしとして放置。


悩まされた結果、“放置”することにした。
懸念する影響が表れていないことが最たる理由だ。現時点で悪影響が確認できないならば、今後も悪影響が出ることはない。これはそういう性質のものだ。
ルール・影響、それらを織り込んだうえで彼女は残していった。

このノートをわざわざこの部屋に置いたのは、恐らく長女だ。
もし自分が何も知らずにこの残したものを見つけたとしたら、不審物か何かとして掃除してしまいかねない。
それを避けたかったのだろう。
その存在に気付いてほしくもないから、直接言わずにノートをこっそり置く手段にでたわけだ。
管理外にあった分“名前を食われるバグ”にあってしまった。この高くついた代償は果たして想定の範囲内だったかどうか。

残されたものの存在は、今のところ当人には届いていない。
一生届かない可能性もある。

最後の記述を思い返して、普段は動かすことのない眉をひそめた。


「いつか、琥珀(あなた)の意味にまで気がつけばいいわね」


ノートを見つめて独りごちる。
時計を見、今日の片づけを半ば諦めた。
もう出来るところまでやろう、それでいいや。そういう気分だ。

片付けを放棄して机に座り、再びノートを開いた。
虫食いの修復ができるかどうか、微妙なところだがこのノートが手元に来たからには修復含めて自分の管轄だ。
一年の最後の仕事に黙々と向かう五女であった。